社長のDiary

新年を迎えても去年の残りがまだまだ

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

あっという間に年末が過ぎ去り、一緒に正月まで過ぎ去ってしまいました。本日は1月9日。まだお休みをいただいております。昨日は稲荷神社で一年の社運隆盛祈願をしてきたところです。心の友阿部さんに祈願して戴きました。休みとはいっても来客もありますし、やらなければならない事もあるため、のんびり映画などを見ている時間は無いのです。表向き「休み」です。また、新年早々もうちゃん事仙台の毛利さんが昼訪ねてきてくれたので、一緒に喜多八で年越しました蕎麦を食べて参りました。

さて、昨年も結局12月30日まで仕事をしてしまいました。対外的には「12月から休みます」と伝えていたのですが、おかげさまで仕事は全く終わる事がありませんでした。

おかげさまといえば伊勢。(詳しくは後ほど)伊勢と言えば昨年の遷宮。遷宮と言えば何か行動を起こさずには居れなかったわけで、勿論、お伊勢さんで一仕事して参りました。

話は昨年の6月に遡ります。

福島稲荷神社様による森合分譲地の工事安全祈願祭の神事を終え、片づけをしていたら、神社の中山さんより「須藤さん伊勢の遷宮でお白石奉納という行事があり、まだ数名空きがあるんだけど参加しない?外宮の中に白い石を奉納するのが最大の目的です」というお誘いを受け「喜んで」という事になり、8月の暑い(熱い?)関西へ飛んだのであります。

 

名古屋駅に約30名が集合し、稲荷神社の丹治宮司にご案内して戴きました。まずは浜参宮をして禊をおこないます。禊と言っても昔は海に入り身を清めたそうですが、現代では神社で禊のお祓いを受けます。

二見ヶ浦の有名な岩。

 

それから内宮へ正式参拝。五十鈴川の水が干上がっているのは初めて見ました。立っている柱は前の古い橋の時の橋桁です。

 

この時は暑かった-!ジャケットまで汗だくになりました。やはり関西の夏はすごい!

 

建物も新しくなっていました。工事中の建物を見る事ができるのも20年に1回だけです。

 

内宮の入口。勿論中での写真撮影はNGですが、正式参拝ですから中でお祓いを受けました。

内宮を出ると「おかげ横丁」という土産物やら食べ物やら珍しいものがたくさん並んでいる昔からの商店街があり、いつも仕入れて帰る日本酒の「おかげさま」を買い、あまりの暑さにあとは喫茶店で涼んでおりました。とても歩いていられなかった。シンガポールなんかよりも酷く、関西の暑さはバリ島並みです。

 

宿は鳥羽に泊まりました。部屋にも風呂がある立派な温泉です。この風呂には3回も入った。

 

大学を出て初めて就職したネッツトヨタ福島(当時はトヨタオート福島だった)の大沼会長と再会し、同じ部屋で過ごしました。また、福島ユナイッテドFCの鈴木社長や、福島をリードする先輩方と楽しい夜でした。

 

こんな景色のいい宿でした。

 

翌日が本番。朝6時に宿を出る。朝食も弁当だった。今回は旅行ではなく修行なのだ。この山車を大勢で引きます。

 

これは参加者のほんの一部。日本全国から数千人が集結。これを他の日にも何度か行うそうです。

 

朝の7時過ぎから気合が入っています。

 

山車が外宮まで到着するとこれから白い石を持って中へと入っていきます。約1時間練り歩いた。

 

到着。山車は後ろの柱を引きずるのでアスファルトと擦れて物凄い音がします。言い表す事が出来ない音だけれど、耳から離れない。

 

新しい外宮。神様はまだ古い方の社に鎮座しております。こちらへ引っ越すための準備の一環をお手伝いに来たわけです。昔は伊勢の方々だけで行っていたそうですが、前回(20年前)だったか前々回から全国より応募を受け付けるようになったそうな。大変貴重な体験。次は20年後にしかできません。新しい外宮の社殿は物凄く立派なもので、金ばかりでなく、瑠璃色、赤、黄色、緑などの装飾具が施され、ずっとそこに居たくなった。いつまで見ていても飽きなかった。あれじゃ神様も移りたくなるよ。

 

 

昼食は、丹治さんの同級生が経営する歴史ある立派な料亭で頂きました。

 

大好きなサザエがいつも出てくるのがとても嬉しかった。

 

こんな外観です。

 

午後、バスで三重県から和歌山県の熊野へ入る。

 

那智の滝は大雨にやられ、岩が滝壺をふさいでいた。

 

大量の土砂というか岩が押し流され、重機で取り除く作業が行われていた。

 

勿論、熊野那智大社もお参りしてきました。(滝の随分上にあります)

 

こんな山間にあります。

 

ご両名にはお叱りを受けたような・・・

岩見会長は学生の頃アルバイトをさせて頂いたり、私の父親と小、中学校の同級生だったり何かとご縁があります。

 

那智を後にして熊野川を遡る。大雨の爪痕が至る所に残っていた。

 

夜はご奉仕が終わったという事で宴会でした。私お酌をして回るの図。

 

そーゆー事もするんだよ。(アップでごめんね)

 

熊野大社へ。瑞宝殿の新築工事は後工務店さんが行っていました。私の事務所の隣に「後呂さん」という方がいて、このあたりの出身です。「隣の後呂さん」と呼んだり、「後ろの隣さん」と間違えて呼んだり、ややこしいです。飲みに行くと隣りか正面に座っているのに「後呂さん」と呼ぶのもややこしいです。

 

いよいよ

八咫烏の由来。日本サッカーの守り神でもあります。

 

本殿。3つあります。ただ今、壁の工事中。

 

そーゆー訳。歴史にもいろいろと理由があるよ。

 

右端が丹治宮司、隣がお友達で熊野本宮大社の九鬼宮司。一緒に明治神宮で修業をした仲間だそうです。鬼は上に点が入りますが、九鬼宮司は鬼ではないので点が入りません。(戴いた名刺も点なし)海賊の九鬼一族の末裔だとか。点が入らない鬼と言う字がPCに入っていないので鬼になっていてごめんなさい。

 

本殿との境にある壁の工事中でした。普通はこの中には絶対に入れません。

社の屋根の角度は、大工のカンで行うそうです。この角度が大事です。

 

これら金色の物は最初にできたころからあった装飾品で数百年を経ています。

 

常陸宮殿下のヨットだそうで。このような山の上にあるとまるで和製ノアの箱舟のようですよ。

 

後さん工事中

 

またバスに乗り熊野古道に沿った道路で白浜方面を目指します。

 

白浜では、このバブルの忘れ物のようなホテル川久でお食事。名前からして木造の旅館を想像していたのだけれど、ぶったまげました。56億もかけたこのホテルは全室スイートルームだそうです。

 

日本もすごいね―。こういうのが全国に散らばっているんだから。

 

食事はフルコースでした。ワインなどアルコールも飲み放題。丹治さん自腹だったようで・・・本当にご散財おかけいたしました。

 

有名な画家による作品だそうですが、これ書くのはツラかっただろうな。寝っ転がって書いたって手が疲れるよ。

 

誰も歩かない無駄な渡り廊下。無駄が作れるという事は豊かな証拠です。

 

渡り廊下の突当りにあった誰にも見られない無駄な壺。これだって数十万では買えないでしょう。

 

すごいでしょ?ただのロビーです。

 

誰か座ったのはどのくらい前なのか・・・

 

こんな外観です。台風がきていたので天気が悪く、それだけが残念でした。白浜で雨降ったのは生まれて初めて。和歌山市に叔母が居るので、白浜は幼稚園生の頃からよく遊びに来ていた。

 

時期は忘れましたが、あのまあるい穴の中に夕日が沈むそうで円月島といいます。

 

台風の影響で物凄い風。千畳敷には誰も居ませんでした。

 

とれとれ市場(確か12年前に来た時にできていたと思います。でっかいお土産屋さん)で買い物をして、飛ぶのかどうか分からないJALに乗り込む。もう1泊するならそれはそれで楽しいんだけど。

 

滑走路へ誘導され、台風と勝負の時。

 

無事離陸。2週間前、FIJIの帰りもこんな雲の中を飛んでいたような気がする。2013年日本の夏は天候不順ですね。

 

やっぱり空の上は美しい。ずっとこうして眺めていたくなります。

 

台風を抜け出すとそこは夕方と夜の境目になっていました。

 

気付いたらこの飛行機のシートはRECARO製だった。車だけではなくて、飛行機のシートも作っていたんだな―。RECARO素晴らしい。

 

というわけで、今回の旅の話は終わりです。実はお伊勢さんには7年以上通っています。去年から物凄い人が参拝に訪れているようで、今年いっぱい続くと言われております。(2013年の参拝客が1000万人を超えたとか。国民の1割が訪れたそうです)福島から約800キロ、機会がありましたら是非行ってください。車、電車、飛行機、船・・・いろいろな交通手段があります。昔は皆さん歩いて行ったのですから、それに比べれば楽なものです。

福島稲荷神社の丹治宮司をはじめ、心の友阿部さん他皆さんには大変お世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。

2月3日の節分には、稲荷神社での豆まきに抜擢されました。着物を新調しなければ!?と思ったら、イマドキはスーツでいいそうです。(神社の正式参拝もスーツです)マメと福がたくさん欲しい人はどうぞ来てくださいね。

終了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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